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みんな仲間展を見学してきました。(平成29年) [鎌倉つれづれ文]

11月24日(金曜日)、きらら鎌倉で展示されている、「みんな仲間展」の作品を見にいきました。
当日は、晴天にも恵まれ、比較的見学者も少なくゆとりを持って見ることができました。
出品会場では、ひかり作業所を始め、各作業所、養護学校の小学校から高校などの作品がところせましと飾られていました。
出品された作品は、どれも創意工夫を凝らした見事な一品が多かったです。
そして、今年は、みんな忖度(そんたく)したのかパンダをモチーフにした作品が多かったです。
一方、変わったところでは、ペットボトルのキャップを利用したプチケーキ、モザイク模様のタイルやお御輿などの大作もあり出品者達の熱意が伝わってきました。
また、私達ひかり作業所の作品は、ペーパークイリング(細い紙をくるくる丸めて敷き詰めた物)で作成したパンダのモチーフ(愛称ピカリン)、アイロンビーズ、活動記録の小冊子、ひかり作業所の広報誌、俳句などの作品を出品しました。
来年も工夫を凝らした作品を展示したいと思いました。
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障害者の服を作る服飾デザイナーの話 [鎌倉つれづれ文]

TBSラジオで興味深い服飾デザイナーの話を聞きました。
その人は、障害のある人達の服をオーダーメイドで仕立てている女性デザイナーです。
彼女は、大分県にアトリエを構える鶴丸礼子(つるまる・れいこ)さんと言います。
鶴丸さんは、幼い頃より洋服に興味を持ちフランスの高級サロンジバンシーの日本支店で、縫製技術を学びました。
そして洋服の勉強や服飾関係の展示会を経験するうちに、障害を抱えている人達が自分に、似合う既製服がなかなかなくて困っていることを知ったのです。そして彼女は、この現状を何とかしたいと20年前に、「鶴丸メソット」と言う独自の採寸方法を考えました。ミシン.jpg
鶴丸メソットについて鶴丸さんは、次のように説明します。
「通常、洋服の採寸は原型となる型紙を作るために、バストや身長など2箇所程を測り、その後補正作業を行い仕立てていくのですが、障害のある方の場合は、46箇所もの細かい採寸を行います。
この方法だと一般の方向けにも着心地が快適な服を仕立てることができますし、さらに体に変形や歪みを抱えた障害者の方には1回の採寸で修正のいらない方法で服を仕立てることができるのです。」と説明します。
今では、鶴丸メソットの情報をを知った、障害者の方々から年間100着以上の注文があるそうです。
利用者の1人、トヨダ・アキトモさんは、幼い時に小児麻痺で、両足が不自由になり電動車椅子で生活をしている人です。トヨダさんと鶴丸さんとの出会いは、母親の法事の際に喪服が必要になり相談したことがきっかけでした。
鶴丸さんは、トヨダさんの首の歪みを考慮してネクタイなど襟を締めるものをやめてマオカラーと言う首に楽な襟にすることを提案した結果、トヨダさんの服を作ることになりました。
そして実際に、トヨダさんがその服を着た時の感想は、「とにかく首まわりがすごく楽になり、生まれて初めて自分の体にぴったりと合った洋服で、とても軽く感じ嬉しくなったことを覚えています。」とその感想を述べました。
その他にも、成人式を迎えた脊髄性筋萎縮症(全身に激痛を伴う難病)の女性からは、その母親の振袖を車椅子に座った状態でも見た目が良く、重さも半分になるようにして欲しいとの要望に応えて用途や障害の程度に応じてリメイクするなど工夫をしているそうです。
このように体に障害を抱えた人達は、身近に洋服のお直しをしてくれる人がいない場合、どうしてもファッションやオシャレから縁遠くなってしまうことが多いと鶴丸さんは言います。
そして極端な例では、体に合わない既製品を無理やり着ていると症状が悪化してしまう場合もあるそうです。そんな状態を変えたいと言う思いもあって鶴丸さんのアトリエには、次のような名前が付けられています。
「服は着る薬」。
この言葉について鶴丸さんは、「洋服自体が病気だとか障害などの痛みを治すことはできませんが、例えば、リュウマチの方が立ち上がったり子供が何か反応を示したりしたときに、まるでカンフル剤のような状態になった場面を何回も体験したのでこの名前を付けました。」と説明します。
そして、鶴丸さんの服に救われたトヨダさんは、去年9月に「全国障害者ファッション協会大分本部」を立ち上げました。
この会の趣旨についてトヨダさんは、「一番の目的は、鶴丸メソットで作る洋服の素晴らしさを多くの人に知ってもらって、障害のある人や高齢者の方で服のことで今迄困ってきた人達にその服を着てもらい元気になる人をひとりでも増やしたい。」との思いがあるそうです。
そして、具体的な活動として今年の3月にトヨダさん自身がモデルのひとりとして参加した、「鶴丸メッソットメディカルファッション」と言う本を出版しました。
現在、鶴丸メソットを用いて洋服を作る人は、鶴丸さんの元で学んだ30名程。
普及させるには、まだまだ課題が山済みなのですが、鶴丸さんは、将来に向かって次のような目標があると言います。
「洋服は、生活するうえで欠かせない物ですので、オーダーされた障害者や高齢者の方々用の服には保険を適用してもらい、服を作る人には、国から技能士の資格を与えてもらいたいのです。」と話ます。
現状では、例えば鶴丸メソットで、スーツを仕立てると約10万円かかるそうです。これが身体障害者のための服を作る技術が国の資格になって、その資格を持った人が作る服に、介護保険などが適用になればさらに利用しやすくなると言うことでしょう。
実は、機能性とファッション性を兼ねそろえた障害者向けの衣服は、世界的にも珍しいと言います。
そのため鶴丸さんは、日本から世界に向けて情報を積極的に発信していきたいと考えています。詳しく知りたい方は、「鶴丸礼子」か「服は着る薬」を検索してください。あなたにとって新しい世界が広がるかもしれませんよ。
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ホーム転落をなくす会の活動 [鎌倉つれづれ文]

TBSラジオで、視覚障碍者が駅のホームから転落する事故を防ぐ「ホーム転落をなくす会」の活動の放送を興味深く聞きました。
最近、視覚障碍者の方が駅のホームから転落する痛ましい事故が相次いでいます。
去年8月には東京メトロの銀座線、10月には近鉄の大阪線、そして今年1月にはJR京浜東北線蕨駅、と一年間に3件視覚障碍者の方がホームから転落して亡くなる事故が連続して発生しました。
この3件を含めて、1年間に約80件もの転落事故が起きたと言われています。
「ホーム転落をなくす会」の活動とは別に、視覚障碍者の視点で「ホームからの転落を防ぐには、ハード面とソフト面の4段階が必要です。」と言っているのは、筑波大学付属視覚特別支援学校で教諭をしている宇野和博(ウノカズヒロ)氏です。宇野氏は、「ハード面からは、ホームドアがあれば落ちようがないので100点満点の対策と思うのですが、ただ現状としてホームドアがどの程度普及しているかと言うと、昨年3月の段階で、655駅です。全国の駅の数は、9500あり、655駅は全体の7%にあたり、1万人以上が利用する駅は、2100駅もあり、そこと比べても3割くらいしかまだホームドアは整備されていないのです。そこで必要になるのが、点字ブロックの敷き方です。国土交通省も、2020年の東京オリンピック、パラリンピックを控えて、整備を急がせてはいるのですが、コストの問題とか乗り入れる車両ドアの位置などの問題があ、り簡単には進んではいないのが現状です。」と言います。ホーム.jpgもう一つの対策として、点字ブロックの敷き方の問題があります。
宇野氏は、「各鉄道の多くのホームには、視覚障碍者の歩行用の点字ブロックが設けられています。その基本的な仕組みは、歩く方向を示す誘導ブロックがホームの中央に向かって敷かれています。そこから線路と平行に敷かれたブロックと接続するのですが、これを警告ブロックと言います。このブロックは、ホームの端が近くて危険だということを示しており、視覚障碍者の方は、この警告ブロックまで行って電車を待つのです。
しかし問題なのは、視覚障碍者が誘導ブロックに沿って歩いている時に、柱が邪魔になったり、他の利用客が立っていたりして、それを避けようとしてホームから転落する事故がけっこう多いのです。そこで、本来あるブロックの位置からもっと安全な転落しない位置に、誘導ブロックを設置し直す必要があると思うのです。」と指摘しています。
これらホームドアと点字ブロックの敷き方の2つが、ハード面で求められる対策なのです。
一方、ソフト面の対策について宇野氏は、「ホームドアがつけられないのであれば、充分に駅員を配置して、利用客が多い駅については、駅の係員がしっかりホームの安全を見守り駅員さんに安全を見守ってもらうこと。そして周囲の人達にも声かけをしてもらうことによって事故を防げるのではないかと思います。」と提案しています。
それ以外に、第4のセーフティーネットとして、鉄道の利用客の注意を喚起して関心を深めようと活動している団体「ホーム転落をなくす会」があります。
ここで事務局をしているのが、フリーアナンンサーの高山久美子(タカヤマクミコ)氏です。
この会では、「あなたの一声が目の見えない人の命を救います。」と言うチラシをたくさん作って、ひとりでも多くの人に手渡し、どのように声をかけたらよいのかを知ってもらいたい、という活動をしているそうです。
まずこのチラシで言いたいことは、「命の危ない人がいたら、どうやってそれを救うか」ということだと高山氏は強調します。
このチラシが一番効果を上げるには、直接駅でチラシを配ることでしょう。
しかし、駅でチラシを配るためには許可が必要になりますし、駅自体も膨大な数があり、なによりチラシを作るには、お金がかかります。
そこで、「ホーム転落をなくす会では、クラウドファンディングを活用したそうです。
クラウドファンディングは、インターネットを通じて多くの方々から、事業や活動資金を短期間に調達できることが利点となっています。
高山氏は、「クラウドファンディングによって、44人の方から、24万円程の寄付金が集まりました。この寄付金で、たくさんのチラシを作り、イラストレーターにも払うお金ができましたので、数多く印刷してチラシを配りたいと思っています。」と話します。
また、クラウドファンディングの返礼として、希望者にこのチラシを送りました。
これらのチラシを受け取った人々の中で、例えば趣味でバンドをやっている方はライブハウスで自分が出演する時にチラシを配ったり、高校などの学校で講演会をやっている人は全校生徒に配ったりと、駅で配る機会の無かった人達に配る機会が生まれたのです。
今回のクラウドファンディングでは、チラシの製作費を捻出することも大切な目的でしたが、いろいろな局面でチラシを配り、注意喚起が行えたことは、とても貴重な訴えができたと言います。
「ホーム転落を無くす会」では、今後もこうした活動を継続していくことを検討しているそうです。
最近、国土交通省の指導により、公的な施設は速やかにバリアフリー化に努めること、
駅からのホーム転落事故を防ぐため、駅員は視覚障碍者やホーム上で危険な行動と思われる者に関して良く見守り声かけをすること。以上のことを主要な駅や観光地の駅で、積極的に取り組むように通達を出したそうです。
しかし私は、費用とハード面で限界がある中では、駅員ばかりを頼ることは完全ではないと思います。
そのかわりに、周囲の人達が盲導犬を連れて歩いている人や、白い杖を持って歩いている視覚障碍者の人達、そして聴覚障碍者、その他、電車に乗ることに不自由を感じている全ての困っている人達に、あたたかい目を持って見守って欲しいし、危ない時には是非、声をかけたり、手を差し伸べて欲しいと思います。
いくら駅をバリアフリーに改良して利便性を追求しても、最終的には人間の「助け合いの心」に頼らざるを得ないのではないでしょうか。
私は、鉄道会社の人は当然として、利用客も困っている人や危ない人がいれば無関心を装うのではなく、ひとこえ声をかけるのが大事だと思うのです。
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日本発のユニバーサルシアターがオープンしました [鎌倉つれづれ文]

昨年の9月に、JR田端駅近くに、「シネマ・チュプキ・タバタ」と言う、日本初のユニバーサルシアターがオープンしました。座席数は、20席余りと規模は小さいのですが、館内にはいろいろな工夫が凝らされています。「チュプキ」とはアイヌ語で、自然の光を意味する言葉だそうです。
ここを運営する市民団体、「シティーライツ」代表の平塚千穂子(ヒラツカチホコ)氏は、この映画館を立ち上げた主旨について、次のように話ます。
「この映画館で映画を鑑賞して欲しいのは、映画を見る機会の少ない人達です。例えば、視覚に障害のある方、聴覚に障害のある方、車椅子を利用している方、そして小さなお子さんがいるお母さんなどで、映画を観るのに躊躇している人達皆さんを対象としています。
そういう方々が安心して楽しめる映画館にしたいと言う思いから、ユニバーサルシアターをオープンしました。」と話ます。
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そこで、このユニバーサルシアターは、観客に対して次のような工夫をしています。
例えば、聴覚に障害のある方は、上映映画の全てにセリフの字幕を付けるようにしたり、車椅子利用者は、後方の見やすい位置より鑑賞できるようにスペースを設けたりしているそうです。
更に、小さなお子さんや発達障害のお子さんが騒いだ場合は、親子鑑賞室という名で、完全防音の小部屋が後ろに用意されており、ガラス越しにスクリーンを見ながら、室内のスピーカーの音声で、観賞できるのです。また、視覚障害者向けには、全作品に、音声ガイドが聞けるイヤホンが用意されており、イヤホンから聞こえる場面でおこっていることや映っていることの説明を聞くことができるようになっています。
実際にこのシアターで映画を観た中途視覚障害者のおかのさんは、「私はまだ目が見えていた20代から、映画が好きで良く映画を楽しんでいました。鑑賞し終わった映画の内容をいろいろと考えたり想像することが好きだったのです。しかし、視力を失ってからは、映画が見れないので、視覚障害者向けの音声ガイド付映画を利用していました。
ところがチュプキの映画を体験したところ、若い頃の生き生きとした映画体験の記憶が蘇ってきたのです。つまり、見終わった後から考えると、一切画面を見ていないのに、映画のことを思い出すとその場面が頭の中に想像できるのです。
これは目が見えていた頃と同じように、その映画の場面を頭に浮かべながら、いろいろな角度から考えることができたのでとても良いと思いました。」と話ます。

「シネマ・チュプキ・タバタ」の母体である「シティーライツ」は、約16年前から音声ガイドの作成普及に取り組んでいた市民団体です。
2014年より田端の隣駅にある上中里駅に、上映用スペースを設けていたのですが、月に4回程度しか上映できない環境にあり、やはり常設の映画館が欲しいと夢が広がったのでした。

そこで、「クラウドファンディング」を通して募金を集めて、昨年の9月に、「シネマ・チュプキ・タバタ」をオープンしたそうです。当初計画した設備に比べて、ボランティアや建設に、協力してくれる人達の意見を聞いているうちに、計画は本格的になり、日本初のユニバーサルシアターを建てることになったそうです。
しかし課題はあります。
やはり上映するだけでは運営資金は不足するため、上映する映画にからめたイベントを企画して、集客することに努めているそうです。
例えば、「あん」と言う河瀬直美監督の映画を上映した時は、主演の樹木希林(キキ・キリン)氏や永瀬正敏(ナガセマサトシ)氏が「チュプキ」の主旨に賛同して、トーク会を開いてくれました。
また、別の映画の時には、スクリーン前に大きなカンバスを張ってイラストレーターの指導のもと観客全員で、ひとつの絵を完成させたり、音楽イベントを実施したりと奇抜な企画を常に発信する必要に迫られ、集客には苦労が絶えないそうです。まだまだ知名度は低く、客足も日によって違うので、安定した経営には更なる努力が必要なようです。

その一方で、バリアフリー仕様の映画作品はまだまだ少なく、一昨年公開された日本映画600本の内、字幕が付いているものは、11%、その内音声ガイドに対応している作品はたった2%と言う現実もあります。
そんな状態にも関わらず前に進もうとする「チュプキ」のスタッフの気持ちを平塚代表は、「自分が映画に助けられたり、何よりも映画が好きで、その映画の楽しさを耳や目が不自由な人がアクセスしたくてもできないと言うことを知った時にこれはなんとかしたい、映画から受けた感動を感謝の気持ちで返したい」と強い気持ち思っているようです」と話ます。

目や耳が不自由な人達や映画館を訪れにくい人達にとっては、映画を聴いたり見たりする機会はとても少なく貴重な体験です。「バリアフリー」と言う言葉が社会に訴えられてからだいぶ時が経ちましたが、ユニバーサルシアターが日本にたった一か所だけと言うのは、いかにも少なすぎます。
映画を見たくとも見れない視覚障害者の方、や聴覚に障害のある方々そして諸事情により映画に行くことを躊躇している人達が安心して楽しめる場所である映画館がもっと増えて欲しいと思いました。
日本に初めてできた小さな施設の大きな挑戦です。
「シネマチュプキタバタ」がもっと大きく育ち、経営が軌道に乗ることを私は願います。
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おてらおやつクラブ [鎌倉つれづれ文]

皆さんは、お寺に行った時に、お供え物はどうなるのかなと疑問に思ったことはないでしょうか。
日本ではいわゆる食べることができるのに捨ててしまう食品ロスが年間600万トンを超えていると言われています。
そこで、これらのお供え物を無駄にせず、役立てるように努めている活動があることをTBSラジオの番組で知りました。
この活動は、お寺が協力して行っている、「おてらおやつクラブ」と言う取り組みです。
これは、お寺のお供え物を一人親家庭や養護施設などにて、充分に食べることのできない子供達におすそ分けする活動です。
2013年から始まったこの活動は、宗派の壁を越えて、現在は47都道府県に、531ヶ所のお寺が参加するまでに広がりました。
この活動に参加している神奈川県にある最明寺(サイミョウジ)の加藤宥教(カトウ・ユウキョウ)住職は、この取り組みについて次のように話ます。
「始めは、お供えを知らない方にお渡しするということに檀家さんから反発や否定的な反応があることを心配していましたが、そのようなことは全く無く、むしろ良いかつどうだと肯定的な感想をいただいたり、近くの農家さんからは、『送ってあげてよ』と旬の野菜をまとめて持って来てくださる方がいたり、時には箱詰めを手伝ってくれる檀家さんが出てきたりと協力的な人達により、この活動を続ける自身がつきました。」と話ます。
お供え物は、果物やお菓子以外にも、調味料、パスタ、ホットケーキミックス、そしてインスタントコーヒーなど保存が効く食べ物もあります。
また、洗剤などの日用品、法要でいただくお供え以外にも檀家さんが持ち寄る子供服なども集まるそうです。
そしてこれらの物を最明寺では、一部支援を必要としている家庭に直接送っていますが、基本的には、「おやつクラブ」に参加しているお寺から提携している子供の支援団体に食べ物を送って、その団体が必要な家庭に配ると言う仕組みになっているそうです。
例えば、最明寺では、池袋にあるシングルマザーが集まり助け合う、シングルマザーズ「ポコアポコ」に毎月食べ物を送っています。
ここでは、毎月家計の苦しくなる月末の日曜日に、メンバーがー集まり、お寺から届いたお菓子などを全員に振り分けています。
中心メンバーの齊藤利理子
(サイトウリリコ)さんは、会の状況を次のように話します。
「シングルマザーは、様々な事情で片親になられた方が多くて、今現在も元ご主人の暴力から逃げるために名前を隠して生活しているひともいるのです。
そのため、会に在籍している人にお渡ししたり、来れない人には、自分が配達をしたり、少し遠い所では、宅急便で送らせてもらうなどの細かい対応をしています。」と話ます。
サイトウさん自身も13年前に娘さんが生まれて、すぐに仕方のない事情で、シングルマザーとなりました。
働きながらの生活は、決して楽ではないのですが、同じ状況で苦しんでいるシングルマザーを支えたいといまの活動をしているそうです。
サイトウさん自身にも「オヤツクラブ」からの支援が届くそうです。
特に、娘さんは楽しみにしており、玄関のチャイムが鳴ると「もしかして」と言いながら、ダンボールを開ける時は満面の笑顔になって、開ける姿をみていると「私達親子を応援してくれる人がいるんだと感謝の気持ちを表します。
実は、「ポコアポコ」が活動している池袋エリアは、「ポコアポコ」以外に、子供食道や子供の夜間学習支援などの子供の支援ネットワークが比較的充実している地域です。
それがNPO法人豊島子どもWAKUWAKUネットワークです。
NPO法人「豊島子どもWAKUWAKUネットワーク」の理事長、栗林知絵子(クリバヤシ・チエコ)氏は、子供達におやつを届けていることについて、次のような感想を持っているそうです。
「この豊島区の周辺は、子供やお母さん達が集まる場所がたくさんあるので、支援された物を鮮度別や期限べつにうまく分配できるのですけれど、支援団体のない地域でも、ここと同じような支援が届くように、近くのお寺と一人親家庭などがうまく繋がり、支援の輪が広がってくれればと思います。」と話ます。
最明寺の加藤住職も、「先祖への思いが詰まったお供え物が無駄にならずに、仏様を介して子供達の役にたってよかった。」と話をしていました。
私は、お寺がこのような取り組みをしていることを初めて知りました。
日本には、「もったいない」と言う物を大切にする精神論と「三方良し」と言う昔、近江商人が使用した言葉で、自分良し、相手良し、世間良し(この場合困っている家庭)良し)で、(世間(社会がうまく回っていくと言う考え方があるのですが、「おてらおやつクラブ」は「もったいない」と「三方良し」とを合わせた支援の形だと私は思いました。
そこでこれからは、参加するお寺がもっと増えて、支援の輪が広がっていけば良いなと思いました。
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パラリンピックを支える人達 [鎌倉つれづれ文]

Paralympic_flag_svg.pngリオデジャネイロで行われた、オリンピックも無事に閉幕しましたね。
日本代表選手達の堂々とした活躍には感動させられました。
そして、パラリンピックの応援にも力が入りました。
そんな折、tbsラジオで、障碍者スポーツに関する話題を取り上げていたので、その話を興味深く聴きました。
それは日常的にスポーツを楽しんでいる障碍者達にスポットを当てた番組です。
西東京市を拠点に活動している「アクア・ジョイ」は、知的障害者の子供達を中心とした水泳教室です。
生徒達のほとんどが泳ぐことが楽しいと口を揃えて言います。
年に5回都内で開かれる記録会で自分の記録を更新することを目標に記録会にも積極的に参加しているそうです。
泳げない子供には、介助者が参加する水泳大会があります。
アクアジョイは、水泳教室を始めてから十年が経つ教室です。
この教室には、幼稚園の念中から30代までの31人が通っています。
この水泳教室を立ち上げたのは、オザキケイコ氏と言う女性です。
彼女に、なぜ障害のある子供を対象とした水泳教室を始めたのか聞いたところ、「水泳の介助ボランティアの募集に軽い気持ちで参加したのがきっかけでした。
その時、担当した子がとても無表情な子で、何を話ても何も話さず、途方にくれてしまいました。
しかし、その子が水にもぐった途端に満面の笑顔を作ってくれて、その子の目と私の目がしっかりと合った時に大きな感動を覚えたのです。
その感動が忘れられずに、仲間と共にこの水泳教室を始めなければ、この子供達と水泳は一緒にできないと考えまして、何人かのお母さん達と仲間とこの教室を始めました。」と教室を始めたきっかけを話ました。
オザキ氏は、障碍者が地上にいるよりも水の中の方がリラックスしながら泳ぐことに、水泳を教える喜びを感じたのと同時に、地殻に障碍者が通える施設が無かったことも、オザキ氏の背中を押してくれた要因の一つです。
paralympic_swimming.jpgしかし、水泳を本格的に指導した経験の無いオザキ氏は、日本水泳連盟の指導員の資格を取得後、障碍者スポーツ指導員と言う資格を取得しました。
この障碍者スポーツ指導員と言う視覚は、必ずしも必要とされる資格ではないのですが、オザキ氏のように障碍者を指導する人は、知識として持っていた方が役に立つと言われている資格なのです。
この資格は、経験を積めるように、障害の知識などを教えてくれる講習会が開かれており、この講座を受講することによって、障碍者スポーツ指導員の資格を取得できるシステムになっています。
オザキ氏はこの資格を取得したことによって、教える相手に柔軟に対応できるようになったと言います。
例えば、糖尿病の子は、疲れやすいのでゆっくりとか、自閉症の子は、オーバーペースになりやすいのでペースを抑えながらとか、そして体に障られるのが苦手な子や、話すのが苦手な子など、オザキ氏は、教わる子一人一人の特性に合わせた指導と配慮を行っているそうです。
「そう言った指導が実り七年間、プールサイドにつかまって、水を怖がっていたような子が、海にももぐれるような成長を見せてくれた時に、大きな感動を覚えるのです。」とオザキ氏は、水泳を教えるやりがいを話ます。
しかし、障碍者スポーツ指導員の制度には、大きな課題があると言います。
この制度を作った日本障碍者スポーツ教会のミズハラヨシアキ氏は、次のように、現状を指摘します。
「まず第一に、障害のある方々がスポーツ活動をする場が圧倒的に少ないと思うのです。
一般の方が約四割の何だかの運動をしていると考えた場合に、障碍者の方、三百万ちょっとの人達を対象とするならば、百人に一人しか指導員がいないと言う世界で障碍者スポーツが普及できるかと言うと絶対数が足りないため、より多くの指導員を排出する努力は強化していかなければならないと思います。」と話ます。
ところが現状は、障碍者スポーツ指導員は、全国に二万二千人程いて、今後、東京のパラリンピックにむけて、三万人に増やすことを目標としているのですが、もし三万人になったとして、障碍者のスポーツを楽しむ人が三百万人になった場合、百人に対して一人しか指導員がいないと言う状態になってしまいます。
しかもこのような状況は、十年前から変わっていないと言われています。
実は毎年、五千人程、新たな指導員は増えているのです。
しかし、活動の場が少ないために現役の指導員は、一年ごとに必要な更新を行わず資格を失効してしまう人達も少なからず出てしまうそうです。
一年ごとの更新は、障碍者スポーツ指導員の制度に、組み込まれています。
障碍者がスポーツを楽しめる場所とそれを指導する指導員の両方を増やしていくことがなによりの改善すべき課題として大きな課題となっています。
現在の障碍者スポーツは、オザキ氏のようなボランティア活動をしているおおくの人達の協力と普及活動によって、障碍者は安全と安心を感じながらスポーツができるのです。
一刻も早い抜本的な制度改革により、障害を抱えた人達が存分にスポーツをする場所と機械が増えることを願います。
決してメダルの数が全てではありませんが、今回のパラリンピックの中国とかアメリカが数多くのメダルを獲得した事実は、その底辺に数多くの指導者が存在していることを示しているのではないでしょうか。
そのため、以前は日本選手が得意としていた協議も徐々に力の差が縮まってきたと今回のパラリンピックの反省点として言われています。
最近は、パラリンピックの選手強化に力を注ぐ国が増えているのです。
それに対して日本は、2020年に行われる東京オリンピック、特にパラリンピックに備えて、選手の強化から制度の改革に取り組み始めました。
例えば、ロンドンパラリンピックを成功に導いたウスター大学のグリーン副総長を招き、講演会を行いました。
グリーン副総長は、「障害や年齢、性別に関わりなく、誰もが同じように障碍者スポーツに取り組める環境を整えることが重要だと訴えました。
その上で、大学内に、イギリスで初めて車椅子アスリートが使いやすい通路やトイレのある体育館を作って、国際大会を開催したり、寮の全ての部屋で、車椅子で動き回ることができる広さを確保していることなどを紹介しています。
paralympic_wheelchair_rugby.jpgイギリスでは、4年前のロンドンパラリンピックをきっかけに、障碍者スポーツへの感心が高まり、ウスター大学では、障碍者スポーツを学ぶ学生がこの4年で15倍以上に増えた」と報告をしました。
このような環境の整備は、とても大切なことだと思いますが、一般の人達の障碍者スポーツに対する理解が障碍者スポーツを育ててくれると思います。
例えば、リオのパラリンピックで、銀メダルを獲ったボッチャのルールを紹介したり、銅メダルを獲った車椅子ラクビーなどを子供に体験させたりするイベントを開き、地道な普及活動が増えてきました。
このように、少しずつですがパラリンピックの競技に対する理解と興味を一般の人達に紹介する機械が増えていることは、今、懸命に練習をしている選手達の励ましとなると思います。
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暗闇の世界 [鎌倉つれづれ文]

最近、ダイアログインザダークと言う暗闇体験イベントが人気を集めています。
ダイアログは、「対話」、インザダークは、暗闇の中と言う意味で、暗闇の中での対話と言う名のこのイベントは、日本で開催されて以来、これまでにおよそ16万人が体験、根強い人気に支えられてきました。
参加者達は漆黒の闇の中に8人程のグループを作り入って行きます。
暗闇の中の案内役は、アテンドと呼ばれる目の不自由なスタッフです。
アテンドのサポートのもと、暗闇の中では、視覚以外の感覚、即ち、触覚、嗅覚、味覚そして聴覚などの五感を働かせて、様々なシーンを体験します。
そこで見えてくるのは、隠れていた本当の自分。
自分にとって大切なものに気がつくそうです。
この暗闇体験イベントは、ドイツから始まり、現在は世界30か国余りで実施されています。
そして、このイベントを日本に初めて導入したのが志村真介(シムラシンスケ)氏です。
志村氏が初めてダイアログインザダークのことを知ったのは、ウィーンの夕刊記事でした。
彼は、その時の出会いを忘れないように、いまでもボロボロになった小さな紙片の告知記事を大切に持っているそうです。
この「博物館で闇の世界体験」と言うタイトルに、志村氏はとても感銘を受けたと言います。
ダイアログ・インザダークについて、志村氏は次のように説明します。
「このイベントは暗闇の中で行われるのですが、人は、元々暗闇は、好きではなかったと思うのです。
それで、火を持ったり、言葉を持ったりしたんだと思います。
例えば、人の話や音楽を集中して聞こうと思う時に、目をつぶったりしますよね。
目をつぶって視覚を閉ざすことによって、五感は研ぎ澄まされ、見えないけれど見えてくるものがあると思うのです。
私達は子供から大人になってくると、固定観念とか自分の立場や役割と言うものがついてくると思うのですけれども、暗闇の中では、それが自然に溶けて、ただの自分になるのではと思うのです。
ただの自分になると人の良さや人の温かさを改めて感じることができるようです。
そこから、自分中心ではなくて、相手を慮る気持ちが芽生えてくるようです。」と話ます。
更に、暗闇の内部の様子について、志村氏は、次のように話を続けます。
「暗闇の中では、いろいろな施行が用意されています。
例えば、森の中には、落ち葉が敷かれたフカフカの床があったり、本物の木が生えていたり、それらに触れる前に匂いがしてくるのです。
そこでは、土ってこんな匂いだったなぁとか子供の頃に森に入るとこんな感じだなと思い出してくるのですが、それは、頭で想い出すというよりも何か自分の体の細胞や皮膚から蘇ってくるような感覚だと言います。
これにより体験者は、初めは不安だった気持ちが、段々にリラックスした状態に変わってくるそうです。
そして日常の生活体験をした後で、最後の方には、味覚を試すドリンクを飲む場所もあります。」と話ます。
わずか90分前に他人だった人が、暗闇の中で、いろいろ協力し、様々な事を体験して、お互いに経験を共有することによって、劇的な変化をもたらします。女性は美しくなるし、男性はりりしくなり、その人らしさが出ている状態で、出口からでてきた時の表情を見た時に、志村氏は、このダイアログ・インザダークを日本に紹介したいと思ったそうです。
紹介することを志した当初は、会場内の誘導灯を消す手続きすら苦労があったそうです。
そして、様々な問題を仲間と乗り切った志村氏は、日本で初めてのダイアログインザダークを1999年11月に、二日間だけの短期イベントとして東京で開催しました。
その時は、200人の観客が体験をしたそうです。
初めて体験した方々が暗闇から出て来た時の姿を見た時、ヨーロッパで受け入れられている感動と同じ感動を日本の方々も感じていると志村氏は思ったそうです。
その後、10年間は、短期イベントと言うかたちで、日本各地で、開催を続けました。
その中で、とても印象に残った人がいたそうです。
その人は、喉の声帯を切除し、声が出せなくなった若い女性でした。
せっかく様々な体験をして、声も出さずに体験だけするのは残念だと言うことで、何か別の方法で、感情表現をしてもらうことになり、話合った結果、彼女には、口笛で表現してもらうことにしたそうです。
しばらくすると口笛のさえずりが聞こえてきました。
始めは、彼女が口笛を吹いていたのですが、やがて、彼女と一緒にいた人もそれにつられるように彼女に合わせて口笛を吹き始めたそうです。
すると会場内にいる他のグループの人達も、それに呼応するように、口笛を吹き始めたと言います。
会場は四方から口笛が鳴り響き、その口笛は、やがて曲となりハーモニーとなり、場内は、口笛により皆の心は一体化したそうです。
これは、人間が助け合おうと、「和を尊ぶ」ことを重んじて、言葉の代わりに口笛を使い、心を通い合うようにしたのではないでしょうか。
やがて、順風満帆で、軌道に乗ったと想われた頃、パートナーも見つかり、常設化に運営方針を変えようとした途端、パートナーになった企業が倒産すると言う不運にあいました。
更に、常設と言う形式になると、いつでも来れると言う心理がはたらき、お客さんの足は遠のいていったそうです。
この窮地に志村氏は、何よりもスタッフとの「和」を重視するため、徹底的に対話を重ねたそうです。
そこで、志村氏は、体験する内容を随分考え直した結果、今迄の一般向けの内容とは別に、企業の人材育成プログラムを取り入れることにしました。
そのためドイツからトレーナーに来てもらいスタッフ全員がトレーニングを受け、現在は平日は、企業研修として、チームワークやリーダーシップが身に付くように、テーマ別のコースを設けるようにしました。
これが功を奏したのか、平日の稼働率も徐々に上がっていったそうです。
また、ヨーロッパでは、学校でも、情操教育の一貫として、ダイアログインザダークを体験する授業があるそうです。
そこで日本の学校でも、子供達にこのプログラムを体験してもらえれば、ダイアログインザダークが根付くことにつながるのではないかと考えた志村氏は、佐賀県で、ふるさと納税を利用してダイアログインザダークを開く方法があることを知り、早速開催しました。
その際、ダイアログインザダークを体験した、7歳の女の子がアンケートに答えてくれ、次のようなことを書いてくれました。
「体験が終わった時には、自分は本当に小さい世界にいるんだなと思いました。
目が不自由な人はどんな訓練をしたんだろう、どんな訓練をして慣れたんだろう。
不自由な人は、私よりも自由な力を持っているんだな。
目に頼っていると本当の気持ちを知れないんだ、本当の心を持てないんだ。
もっともっと本当の心を持たせてあげたいな。
本当の気持ちも持たせてあげたいな。」と書いてくれたのです。
この体験で、女の子は、「不自由な人は、私よりも自由な力を持っている」と感じてくれたのです。
そしてこの子は、クラスの少し仲の悪くなった友達と暗闇の中に入って、再び体験をしてくれたそうです。
自分のできることを自分のできる形で実行するとはとてもすばらしいことだと思います。
もしも、このプログラムが本格的に学校教育に採用されれば、アンケートに答えてくれた女の子と同じような気持ちを持つ子供達が体験を通じて、その後の人生や社会までも変えるかもしれません。
そもそも、人間は自ら暗闇には入りたがらないと思うのです。
しかし、人間が社会の中で生きるようになってから、全く今の環境と違ったところに、自己を置いた場合、自分がどう変化するのかとか、一緒に行った人との関係性はどうなるかなど「怖いもの見たさ」の心境で、試したくなるのではないでしょうか。
つまり、何かを見て面白いと言うことでは無く、自己の変化や対人関係の変化を確認せずにはおけなくなると思うのです。
そんな暗闇が持っている力は、人を変えてしまう魔法みたいだと志村氏は言います。
例えば、人は、見えないことで、情報の約8割が使えなくなると言われます。
それにより、触覚、嗅覚そして聴覚は鋭くなります。
その結果、初対面の人とは、見えない体験を共有することで、心の壁が無くなる。
2009年に志村氏は、渋谷区神宮前のビルの地下に、念願の常設会場を作りました。
そこで、来場した人々に、暗闇で、起きる多くの感動の体験を提供しているそうです。
あなたも暗闇の中で、自分にどんな変化が起こるか体験したいと思いませんか?

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作業所で廃棄作業 [鎌倉つれづれ文]

私達が生活するうえで、必ず出るのが廃棄物です。
その処分方法は、以前は焼却処分で済ませていましたが、現在は有害物質の排出規制のため処分に苦慮しています。
特に、家電製品などのゴミ処理には手間がかかると言われています。
その為、小型家電リサイクル法という法律が施行されています。
この法律は、携帯電話やデジタルカメラなどのリサイクルを推進することが目的ですが、まだまだ一般市民には認知度が低いようです。
そして、小型家電の多くが、回収されずに埋め立てられている事実があります。
これら精密機械の中には、金、銀などの希少金属、そしてパラジウムなどのレアメタ
ルが僅かですが取れると言われます。
そのことから、別名「都市の鉱山」と呼ぶひともいます。
他方、小型家電リサイクルを福祉と結び付けるモデル事業が神奈川県から始まりました。
小型家電は、基本的に市町村が回収して、リサイクル事業者に引き渡されます。
それを引き渡す時に、丁寧に部品別、金属別に分別がされていれば、再利用される希少金属の量が増えると言う訳です。
そしてその分解分別の部分を福祉事業所が担おうとする試みが始まっています。
現在神奈川県の伊勢原市がその事業を行っています。
このモデル事業に手を上げた理由について、伊勢原市環境美化センター所長のタカナシヨシフサさんは、次のように話ます。
「家電を回収して、破砕機で圧縮粉砕をして、一部再資源化をしていたのですけれど、大部分が埋め立て処分されている実情がありました。
そこで、これらの家電を細かく分解することで、より再資源化が計られることは、法律の主旨にも沿い、障碍者の方に担ってもらうことは良い発想ではないかと考えています。」と話ます。
この作業を実施している神奈川県伊勢原市の地域作業所「ドリーム」は、知的障碍者の方が利用している施設。
もちろん「ドリーム」でも他の作業をしていますが、受注している作業には景気による波があるそうです。
ドリームの所長、トヨダマキコ氏は、「繁忙期は、納期を急かされるのに対し、逆に仕事の無い時期は、利用者さんが暇を持て余してしまうので、この分別の作業が手もちぶさたの時期を埋めてもらい、且つ工賃ももらえるので、うちとしては、助かっています。」と作業に対する意気込みを話ます。
家電分別の依頼は、月に携帯電話やゲーム機など何十点かの小型家電があるそうです。
この仕事が僅かですが工賃アップにも結び付くと言います。
作業内容の内、携帯電話の分別作業を例に挙げると次のようになります。
まず携帯は、汚れをよく拭いて、電池をはずして、ネジをはずし解体をしてそれぞれのパーツに分けた後、利用者が分担して、一つの携帯が基盤、プラスチック、そして電池や液晶など15ぐらいのパーツに分ける細かい作業を流れ作業で行っていきます。
始めはメーカーごとにネジなども違い戸惑ったこともありましたが、次第に慣れてペースもあがってきたそうです。
実際に作業をしている利用者は、「始め、たくさんの種類の金属を仕訳するのは大変で戸惑いましたが、なれるにしたがいやりがいを感じるようになりました。」と話ます。
また女性の利用者も、「スピーカーのネジをはずしたり、細かい作業をすることは楽しいですし、なによりも業者の人達が困っている家電ゴミを整理することは役立つ作業だと思います。」とやりがいを感じているようです。
ドリームでは、作業に携わる利用者は、予めリサイクルについて勉強をしてから作業に取りかかるそうです。
伊勢原市障害福祉課主幹のサエキアキラ氏は、{ドリーム}の取り組みを次のように話ます。
「希少金属やレアメタルなどが日本の中で回収されて、再び新しい物に生まれ変わるということを理解してもらって、そのことが社会参加になるということで、自分達が世の中と繋がっているという気持ちが大変意義深く、私達福祉サイドにも利点になっていると思います。」とその評価は高いです。
このようにドリームの作業に、対する評価は高いが課題もあると言います。
作業を行う為には、回収する小型家電量が安定しないと作業が継続しません。
現在は、各市区町村でもゴミの出し方が改善され、分別された小型家電が集まりやすくなっているようですが、伊勢原市では、より多くの小型家電を集めるために、資源ゴミの日に職員がゴミ集積所で小型家電を選び出して回収したり、市役所や公民館に、小型家電の回収ボックスを設置して市民への協力を呼びかけて、家庭に眠ってしまいがちな携帯電話などの小型家電などを掘り起こす努力も行っています。
このモデル事業は、分解分別する福祉作業所には仕事がふえて良し、ゴミを回収する行政には回収しやすくなって良し、そして地域の環境保全にも良しと言う、三方良しの願ってもない関係になっています。
全ての作業所がこの分別作業に従事できるとは思いませんが、市町村にも作業所にも関心の高い問題だと思います。 
日本人は、元々物を大切に扱う習慣のある民族です。
それは、日本人には、「八百万の神」という言葉があるとおり、物には神が宿っていると言う考えから物を扱う際は、最後まで大切に使い切ることが美徳とされていました。
そのような日本の風土から、「足るを知る」とか「質素な生活」を重んじると言う物欲にとらわれない慎ましい言葉と考え方が生まれたのです。
それが次第に、環境問題も地球レベルで捕らえられるようになり、ポイ捨てや残飯問題、そして環境保全から果ては原子炉の廃炉問題に至るまで、広範囲な対応を求められるようになりました。
ノーベル平和賞をもらったケニアの環境運動家、ワンガリ・マータイ氏が提唱した「モッタイナイ」と言う言葉や3R(スリーアール)*などの言葉にスポットが当たるようになったのもそのためでしょう。
しかし、環境に対する問題意識が高まる一方で、ゴミの不法投棄はいっこうに無くなりません。
この行為は私達が大いに反省すべきことだと思うのですが、その要因のひとつに、日本が経済成長を遂げ、物にあふれた消費社会が物の価値観を下げているように思えます。
私達は、いつの間にか物を捨てることに、鈍感になったような気がします。
元々、廃棄物の出発点は、すべて個人が捨てるところからはじまっているのですから、少なくとも自分が物を捨てる時には、しっかりと分別回収をしたうえで、責任を持って廃棄をしたいと私は思いました。

*3Rとは、環境配慮に関する言葉で、Reduce(リデュース)、発生抑制
・Reuse(リユース)、再使用・Recycle(リサイクル)、再生利用で、これらの頭文字を取った言葉で、廃棄物の減少に努めようと言う考え方のキーワードである。
日本では、2000年(平成12年)、循環型社会形成推進基本法を取り入れ、廃棄物を削減する社会を目指した。
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初詣に行こう [鎌倉つれづれ文]

初詣.jpg2016年、平成28年申年は、皆さんにとってどのような年になるのでしょう。

大抵の方は、幸せな良い年にしたいのではないでしょうか。
そして、多くの方は初詣に既に行かれたか、行く予定があるのではないでしょうか。
ところが、行ってみると、段差や障害物が邪魔になった方も少なく無いはずです。
特に車椅子を使う障害者や、足腰の弱った高齢者の方々にとっては、悩むところです。

そんな困っている人達のために、NPO法人「チェック」が初詣のバリアフリー調査を行いました。
調査を行った代表取締役カネコ・ケンジ氏は、「私達のNPO法人では、大きなイベントのトイレマップやバリアフリーマップなどの調査を行ってきました。
しかし、日本の恒例行事である初詣は、多くの人達が集まるにも関わらず、意外と神社仏閣のバリアフリー化が進んでいないのではないかと思い、1度、東京と神奈川で良く行かれる初詣スポット50か所を調査してみようと」思ったと話します。

調査の結果は、インターネット上で公開されています。
検索キーワードは、「初詣・バリアフリー」で入力されますと、「東京都神奈川県50ヶ所初詣多機能トイレマップバリアフリー調査」と少々長い名前で出て来るそうです。
調査のポイントは、最寄駅からの行き方、車椅子やベビーカーでも利用できるスロープの有無、そして多機能トイレの設置状況などが調査され、それらを総合的に考慮して、星1つから5つまでの評価がされていると言います。

そして、残念ながら、「チェック」の調査で、スロープで賽銭箱の前まで行ける神社仏閣は、全体の2~3割だそうです。
更に、多機能トイレを設置している所は、もっと数が減ると言います。
NPO法人「チェック」のカネコ氏は、「トイレについては、現実問題として、全ての神社仏閣に設置することは、予算も敷地にも負担が大き過ぎると思うので、周辺の商業施設にトイレがあれば、そちらを案内するようにしたいです。」と話します。
また、「NPO法人『チェック』では、スマートフォン向けのアプリで、『チェックアトイレット』というものを配信して、グーグルマップなどと連携し、多機能トイレの場所を誰もが書き込めるアプリもあるので、こういうものも活用してもらえれば」と言います。車いす.png

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アクシブ歩行機 [鎌倉つれづれ文]

ハイキング.jpgTBSテレビで、歩行機に関する興味深い番組を見ました。
その番組は、世界遺産の熊野古道での体験実験から始まりました。

体験実験は、ボランティアガイドをしている60歳以上の人達に装具をつけて山道を歩いてもらい、感想を求めるものでした。
被験者の感想は、「上り坂は、とても楽に歩くことができた。」とか「いつもより足運びが軽く感じられた。」など好意的なものが多数寄せられました。
体験者の多くが「歩くのが楽になった。」と口を揃える歩行機がアクシブ。
このアクシブは、世界初の無動力歩行支援機で、重さは、わずか900gという軽さに皆驚くといいます。
この歩行支援機、「アクシブ」を開発したのは、名古屋工業大学佐野明人(サノ・アキヒト)教授です。
※佐野氏が歩行器ではなく、歩行機と表記してますので、以下歩行機と表記します。

アクシブは、股関節から膝につながるバネの伸び縮みで足を振りだすことを利用した単純な構造でできているのですが、それ以上に大きな成果をあげています。
77歳の女性も、「誰かに助けてもらったように楽に上り坂を登れました。」と山をグングンとかけ上がりました。

この歩行機には、佐野教授が歩くことに培った、30年間の研究成果が活かされています。
佐野教授の研究室には、歩く研究に絶対に欠かせない、自然に歩き出す鉄製の自立型ロボットが置かれています。
教授が手をはなすと、そのロボットが歩き出します。
教授は、「このロボットの一部分を体に装着したものが歩行支援機になります。
ロボットも人間も、歩く仕組みは同じだと思うのですが、人間は、その仕組みを上手に自分の歩きに使っているのだと考えています。」と説明します。
しかし、なぜ人は二足歩行ができるのか、その歩く原理はいまだ解明されていません。
研究室では、学生とロボットが散歩する姿がよく見られます。
しかも、そのロボットにスカートやズボンをはかせたり、雪道や雨のなかを歩かせたりとよそからみると奇妙でバカバカしい実験を真剣におこなっています。
これも佐野流の歩く原理の研究であり、思い立ったことの全てが研究テーマなのです。

広い視野で考えると、右足が地面に着くと左足が上がるという単純な法則が見えてきます。
例えば、坂道を転がることなく、人は一定の速度で歩くことができます。
これを分析すると歩く原理が見えて来るというのです。
前の足が着いたら、後ろの足が浮き自然に切替る、左右の足が振り子のように振りだされる、そして足を着いた時の力のバランスが取れている、佐野教授は、この原理でロボットに傾斜を歩かせ、さらに歩行支援機に応用しました。

教授は、「過去、現在、そして未来という長い時代の中で、歩く原理は不変的だと思うので、百年後の未来にも充分貢献できる研究だと思います。」とその意義を説明します。
つまり、人が歩く原理を究めれば百年後も楽しく歩けるということです。

rihabiri.gifそこで佐野教授は、ロコモティブシンドロームなどで、運動機能の低下や障害で足などが弱り、要介護となった方々と歩くリハビリをしている患者さん達に、アクシブが役に立たないかと考えたのでした。
早速、改良を加えた歩行支援機を病院のリハビリ室に運び、左半身に麻痺を抱えている加藤さんに試してもらうことになりました。
そして加藤さん(リハビリ患者)は、アクシブを足につけると、軽やかに大股で歩き始めたのです。
歩行機をつけた加藤さんは、「とても軽く感じるし、腰から自然に歩くことができました。」と喜びの表情を浮かべました。

理学療法の専門家に筋肉の波形をとってもらうと、歩行支援機を着けていない時は、筋肉に力が入りっぱなしで、常に疲れた状態なのに対し、歩行支援機を着けると力が抜けるところと入るところと波にメリハリがあり、二つを比べると足を振りだすとき、力が抜けているのが分かるので、歩行支援機を着けている方が楽に歩いていることになるのだということが分かったのです。
教授自身も、「寝たきり」になりそうな人が歩くことに感心を持つ一翼になるのならば、とても嬉しいことだと喜びます。

ここまでくるのに佐野教授は、毎日が実験と改良との繰り返しだったといいます。そもそも佐野教授がロボットに目覚めたのは、大学時代。最も難しい歩かせることに、夢中になったそうです。
動力とハイテクを駆使して歩かせようとしたが、思うようにならず万策尽きた時に、もしかして、ロボットはこんなふうには歩きたくないのではないかと思ったそうです。
たしていって複雑にしなくても、引き算のように本質的な物だけをまとめれば、たぶん簡単なことで、いろんなことができると考えたといいます。

動力もハイテクも捨てた佐野教授は、歩かせるのではなく、自分で歩くロボットの研究に、没頭しました。
毎日、学生達と汗をかきながら、ドロくさい研究を続けているうちに、ロボットを触る機会が増えた結果、ロボットから受ける感じが、足が弱った人達の体に直接伝えたら、歩行支援の助けになるのではないかと考えたといいます。

しかし、動力式のパワーアシストスーツや介護ロボットがこぞって開発される時代に、無動力歩行機は、明らかに見劣りしているので、リハビリ施設でも、頭から否定さるのではないか」と思ったといいます。
そして、思いきって持ちこんだ星成大学リハビリテーション部で、「こういうものを待っていたんです。」と目を輝かせた人が阿部友和氏でした
彼は、「佐野先生の考えのように、重心の移動によって動くというように、最小限のメカニズムによって動けるようになっているのだと思います。」と話します。

これをきっかけに、歩行の助けが必要な人達から、続々と問い合わせが入りました。
そのなかの一人、東京在中のユウスケさんは、交通事故で脊椎損傷を負って、一生車椅子生活と宣告された人物です。
しかもテレビ画面は、ユウスケさんがアクシブを装着して立って歩いている驚くべき姿を映し出していました。
ここまでくるのに、長い月日はかかりましたが、アクシブの可能性が映し出された場面でした。
この歩行支援機を着けると驚くほど体が楽になり、さらに人生まで変わったそうです。

佐野教授は、たまに歩行支援機の効果を確かめに、ユウスケさんに会いに行きます。
その日番組は、佐野教授がユウスケさんの通勤に同行する様子を写しました。
まず、バス停までの300メートル程の道を二人は、自然な速さで歩きました。
バスのステップもなんなく超え、シートに座ることもできました。
歩行支援機は、900グラムと軽量でコンパクトで邪魔にはならないのです。
そして、駅の長い階段も、問題無くスタスタ登れるといいます。
およそ一時間で会社に到着しても歩行支援機は着けたまま過ごすそうです。
モーター音が無いので、電話対応も周囲の気にもとまらないのです。

佐野教授は、「ユウスケさんにとってアクシブが、歩行のアシストから人生のアシストになっていると感じ取ることがてきました。」とその感想を述べました。

そこで佐野教授は、「歩行を助けることで、人生を支えたい。」と高齢者のための奇想天外な歩行機を作り始めたのです。
一般的な歩行機が主に腕の力で体を支えて歩くタイプなのに対し、佐野教授は広い視野から、ロボットと歩くことで、高齢者から歩く力を引き出すことに成功しました。
自然に体重移動をすると足踏みが始まり、足を振りだせるようになるというものです。

佐野教授は、岐阜県中津川市、SSP城山病院に、試作品を持ち込み、意思やリハビリのプロから意見を聞くことにしました。
佐野教授が開発したアクシブを改良した弐本足の歩行機は、実際に患者さんやスタッフも試して、歩き易いというプラスな評価もでれば、骨盤のボルトから膝にかけて安定性がほしいなどの教授が思いもよらなかった意見も聞くことができたのです。
これら全てが大切な研究対象であり、改良点となりました。
さらに、アクシブの軽量化にも挑みました。
本体の素材を炭素繊維で作り、片方で540g、両脚で1500gの軽量化に成功したのです。
この改良によって、アクシブの実用化に道がひらけたのです。
そこで、岐阜県各務原(カカミガハラ市の今仙(イマセン)技術研究所と共同で、アクシブの商品化に取り組みました。
その結果、医療、レジャー用として、日本において2014年9月9日に正式発売となり、2015年5月25日に、左右両脚用モデルが発売。
さらに、2015年9月にアジア、そして2016年9月には、欧米で販売を予定しているといいます。
アクシブの利点は、無動力による安全性、他の歩行機に比べ軽くて扱いやすい、静粛性が高いそして低コストなどが挙げられます。

しかし、このようにいいことばかりのアクシブですが、動力型ロボットスーツにも、優れた物が出てくるようになりました。
あとは利用する人達がそれぞれ自分に合った歩行機を選択する幅が広がることとそれに伴う福祉制度が整うことを願います。
チューリップ.jpg


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